前世戦士の映画日誌

前世が戦士らしい女が映画を観て色々吐き出します 生態日誌です

『バリー・シール/アメリカをはめた男』トム・クルーズのことが心配になる話

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私がトム・クルーズの映画をちゃんと観だしたのは90年代に入ってから。
それ以前はトムのにやけ面が大嫌いでした。実は今でも『トップガン』とかあまり好きではなく。
それが『ア・フュー・グッドメン』で演技力の高さに驚いて、以降はほぼ全作品観ています。ただ、年々観る動機が変わってきました。
今、トム・クルーズを好きか嫌いかと聞かれたら、答えは「好き」。だけど、彼の映画を見る理由は「好き」だからじゃなくて、「心配」だから。
だってこの人、映画観てあげないと死んじゃいそうじゃないですか。

トム・クルーズパイロットからCIAエージェントに転身し、麻薬の運び屋として暗躍した実在の人物バリー・シールを演じるクライムアクション。バリーの嘘のような人生がアクション、コメディ要素満載で描かれる。敏腕パイロットとして民間航空会社に勤務するバリー・シールのもとに、ある日CIAのエージェントがやってくる。CIAのスカウトを受けたバリーは、偵察機パイロットとしてCIAの極秘作戦に参加。作戦の過程で伝説的な麻薬王パブロ・エスコバルらと接触し、バリーは麻薬の運び屋としても天才的な才能を開花させる。エージェントとしてホワイトハウスやCIAの命令に従いながら、同時に違法な麻薬密輸ビジネスで数十億円の荒稼ぎをする破天荒な動きをするバリー。そんな彼にとんでもない危険が迫っていた……。監督は「オール・ユー・ニード・イズ・キル」に続き、クルーズとタッグを組むダグ・リーマン

2017年製作/115分/G/アメリ
原題:American Made
配給:東宝東和
(映画.comより)

この映画自体は、トムのモノローグで進む演出も古臭い映像もテンポも最高だし、CIAやアメリカ政府の呆れた二枚舌をガッツリ見せて社会風刺も効いている。
すごく面白い映画なんですが、観ている間、ずっと別なことを考えていました。

トム・クルーズの映画は、彼がどんな役をやろうともトム・クルーズにしかなりません、スターだから。トムは役を自分に寄せてしまうし、寄せられない役は(多分)やらない。
とはいえ、バリー・シールはいつも以上にトム・クルーズ自身にしかみえない。バリー・シールの、何かに駆り立てられるように生きている姿が完全にトムに被ってしまう。

バリー・シールは一操縦士から大金持ちになっていくけれど、彼自身はさほど金に執着はなく。明らかにアドレナリン・ジャンキーで、飛行機を操縦することとスリルを味わうことが、彼のアイデンティティーを保っているように見えます。
チャラいハイテンション男だけど、ビジネス(違法だけど)に対する勘は確か。だからCIAの仕事も、裏でやってる麻薬の運び屋稼業もどんどん大きくなり、大金を手にして操縦士も複数雇うようになったのに、やっぱり自分も飛んでいる。
普通なら金が入ったら人にやらせるようになるもんだろうに、どんなに危険なことだと分かっていても、自分でやる。

そういう人、いますよね? そう、トム・クルーズ

現役の映画スターの中でも、この人ほど「愛されたい」と思ってる人はいないんじゃないでしょうか。
彼は本当に映画が好きで映画制作が好きで、良い映画を作るためなら文字通り何でもする。私財も投入する。体もはる。命もかける。
最近では、コロナ対策に絡んで放送禁止用語満載でスタッフに怒鳴る音声が流出したり、コロナ対策完備したスタジオを建設したりしていますけど、それは全部、映画を作るため。

映画のためだと言う彼の言葉に、嘘はないと思う。でも根っこには「愛されたい」という底なしの渇望があるような気がします。
愛に飢えた青年が、映画に出て世界中に愛されることを知ったわけで、それは麻薬みたいなもんだったでしょう。
そこで調子に乗ったり役の幅を広げられなくてキャリアをしくじる若手は多いけど、頭の良い彼は、愛され続けるためには良い映画に出なきゃならないと考えた。この人の作品選びの目はかなり良い。
だから今でも第一線でスターをやっている。世界中で愛されている。

だけど、愛を外に求めている内は、心は満たされないものなんですよ。
何億もの人が映画を見てくれても、その愛はシャワーみたいなもんで、浴びても浴びても排水口に流れていくだけです。
埋まらない心を、彼は悪名高きサイエントロジーに求めて本人は満足しているつもりになっているけど、映画での彼を見る限り、多分心の穴は埋まっていない。トムの演技力は高いと思うけど、余裕の無さをいつも感じる。
愛されたい自分を認めてしまって、ヴァン・ダムのように自分を受け入れれば楽になるのに、向き合えないのか、それとも心の深淵では自分のことが嫌いなのかもしれない。

バリー・シールは、用済みになったら殺された。彼は、死ぬなら飛行機に乗って死にたかったんじゃないだろうか。
トムも、主演映画を誰も観てくれないようになって往年のスター扱いになるくらいなら、現役スターのままで撮影中に事故死した方がマシだと、心の奥底で思っていそうで、ちょっと怖い。
最近の体当たり路線を見ていると、あながち杞憂でもないと思う。

ところが困ったことに、トムから「愛されたい」という必死さがなくなったら、私は興味を失くす気がする。
パラドックスになるけど、トムの魅力は、純粋で貪欲でブラックホールのような「愛されたい」オーラにあるのだから。

仕方がないので、私はトム・クルーズを見続ける。はらはらしながら見続ける。トムが「愛されてる」と感じられるように。
それは、シャワーのように流れていくだけの愛だけど。

この映画を見ている間、ずっとそんなことを考えていた。

↓自分を受け入れたヴァン・ダムの話